月兎耳亭’s blog

月兎耳亭 ニコラシカと申します。よろしゅう。

新幹線で轢かれて七針縫った話

 たぶん、もう時効だろうと思うので書いてみようと思う。でも、時効じゃなかったら関係者が困ると思うのでフィクションとしておいてください。

 あれは何年前だろう? 調べればすぐ分かるが面倒くさい。あれは1月4日の出来事。正月休みが終わり明日から仕事があるので、帰省先から職場がある某県某市に戻るために某ミニ新幹線に乗り込んだ時の話である。

 詳しく書くと、普段は買わない週刊少年ジャンプに僕が好きな小説家 乙一さん(同い年)の小説を『デスノート』などの作画担当の小畑先生が漫画化してくれた号を読みながら秋田新幹線こまちを待っていた。吹きっ曝しの秋田駅のホームで。その日の秋田は多少吹雪いていた気がする。何で秋田駅の新幹線ホームは吹きっ曝しなんだろう、設計者はアホか? とか思いながら。

 たぶん、不幸の連鎖があったんだと思う。この時点で僕が知る由は無かったが。

 そんな、何年前か特定される様なジャンプを読みながら僕はホームに入ってきた こまちに乗り込んだ。今思えばそれは軽率な判断だったのだろう。だってジャンプを読むのに集中していたから。何より吹きっ曝しの秋田駅新幹線ホームは寒かった。寒すぎた。

 乗り込んだまでは良かったんだろう。問題が起きたのはこまちがスイッチバックする大曲駅のことだった。(秋田新幹線こまちは大曲まで後ろ向きで進みます。)

 問題というのは席のダブルブッキングだった。同じ席の切符を持ったビジネスマンが乗ってきたのである。僕の記憶が定かならば こまちが全席指定になったばかりじゃなかっただろうか? 故に僕の座る席は無くなったのである。「同じ指定席ですよね。」なんて言葉を交わしながら席を譲りました。それで、自由席は無いのでその席付近の通路でジャンプを立ち読みしてたのである。長い時間同じ姿勢で立ち読みしていたので足が痺れていたというか感覚がマヒしていたころに事件は起こった。

 車内販売ワゴンが来たのである。僕は横着者である。そして中学生時代はバスケットボール部で、高専時代は合気道部に在籍していた。運動音痴なので両方とも下手だったが。それは置いておいて話を戻す。車内販売ワゴンが来たので避けねばならないと思い右足のつま先を軸として身体を反転させた。バスケットボールで言うところのピボットであり、合気道で言うところの転換である。癖って怖いね。結果どうなったかというと身体は避けたものの、若干、右足のかかと部分が通路側に残ってしまったのである。

 それで見事に車内販売ワゴンに轢かれました。轢かれたって言ってもその右足のかかと部分だけ。車内販売ワゴンのお姉さんからは死角になっていたので、1回ぶつかってから、何かに引っ掛かったと思いながらグイッとちょっと方向をずらして通り過ぎていきました。僕も足にぶつかっていったなーぐらいの気持ちでおりました。足マヒしていましたし。まだ、ジャンプに集中してたし。

 ジャンプを満足いくぐらい読み切ったころ、ちょうど仙台手前でした。その時、ふと閃きました。もしかして僕は1本早いこまちに乗ったのでは? 仙台で一旦降りて次のこまちを待てば席が空いているのでは? と。

 ということで、仙台駅で一旦降りることにしました。そして、そういえば車内販売ワゴンにかかと轢かれたところマヒしていながらも少し違和感があるから見てみようかなと。

 結果、ジーパンにL字の裂け目、白かった靴下が血に染まった赤色、気絶するかと思いました。鼻血以外の血に弱いのです、僕は。しかし、社畜根性なのか明日から仕事だからこんな途中で倒れるわけにはいかないと思い、キオスクに絆創膏を買いに行きました。一つ目のキオスクには無くて「隣のキオスクにはありますよ」と言われて二軒目のキオスク、そこで「医務室みたいなところあります?」と聞くと「無いけど駅員さんの休憩室みたいなところにしたら」と言うので、駅員さんを呼び止めました。

 で、事情を説明して、見せた方が手っ取り早いとジーパンを巻くって血に染まった靴下を。即連行されました。

 あっ、その前に僕を傷つけた犯人を説明しておきます。キャスターのブレーキですね。おそらく。金属疲労で割れて尖っていたのではないかと。ジーパンをL字にスパッと切ってましたからね。

キャスターブレーキ:たぶん、金属疲労で割れて尖っていた。

 そんな感じで駅員さんに連行され、関係者以外立ち入り禁止区域に連れていかれました。で、少し待つと車内販売ワゴンの会社の偉い人が到着。再度、事情説明。すると秋田新幹線東北新幹線で車内販売ワゴンの会社が違うそうで、どちらの区域で轢かれたか何度も確認のため聞かれましたが、記憶力の悪い僕にはどっちにやられたかなんて分かるはずもなく、東北新幹線側の会社が責任を取ることに。

 そして、もう少し待つと救急隊員の方々が到着いたしまして怪我の具合を診てくれました。靴下はハサミで切りますからねーとのこと。血は無事に止まっていました。なので僕はそのまま帰ろうと。怒られました。帰っちゃダメとのことでした。救急車で搬送されることになりました。人生初救急車です。車内販売ワゴンの偉い人が付き添いになってくれるそうで、ストレッチャーに乗せられました。「自分で歩いて行きますよ」と言ったら怒られました。

 そんな訳で仙台駅の構内をストレッチャーに乗せられる僕。僕は緊張がマックスになると笑い始めてしまうので口を手で覆いながら。構内を歩く仙台市民の方々に見られ「何か口を押さえてるから具合悪くなったんだね」とか言われて、ちょっと足を怪我しただけなんだけどねと思うと余計に笑いがこみあげてきて、なんとか救急車の中に。

 しかし、1月4日のこと正月休みの病院も多く搬送先がなかなか見つからない。そして、どちらの区域か気になる車内販売の偉い人、笑いが止まらない僕、カオス。

 なんとか病院が見つかって待合室で待っているとカップルの女性の方が泣きながら男性に謝っている。どうも、転んで指を骨折(?)してデートを台無しにしたのを謝っているご様子。男性は慰めるも女性は泣きっぱなし。

 そんなこんなで僕の診察の番になり、七針縫われました。「危なかったねー、アキレス腱見えてるけど傷はとどいてないよ」とか。あとで知ったことですがどうも腕の良いお医者様だったようで、L字に縫うのは難しいらしいのですが奇麗に縫ってもらえました。縫うバランスが悪いと直線と違いどっちかに引っ張られたりするようで、某県に戻って経過観察して抜糸してくれたお医者さんが舌を巻いてました。

 その後は仙台駅に戻り、某県まで帰らなければならないことと昼食がまだなので駅弁を買いたいことを伝えると、駅員さんと車内販売の偉い人に新幹線の特別席(何かあった時ように空き座席があるらしい)と牛タン弁当(料金はタダにしてくれた)を用意してもらい帰途につきました。

 翌日、出社して同僚や先輩に車内販売ワゴンに轢かれた話をすると数日間「当たり屋」とあだ名で呼ばれました(タダで牛タン弁当をゲットしたため)。あと、部長に話があると呼びだされたので、何か設計にミスがあったのかとビクッとしてたら「その話信じられないんだけど」と小声で訝しげにされました。

 まぁ、ここら辺で話は終わりなのですが、愚痴を書いときますと、設計部はフレックスタイム制なので、経過観察してもらえる病院に行きたいので利用したい旨を申請したのですが、却下されました。なので定時に上がり、走って病院に行き(走って行かないと診察時間に間に合わない。)、戻って仕事をするという日が何日か続きました。足怪我してるのに走らせんなよと。

 

↓ ChatGPTに添削してもらいました。読みやすくなったかな?

tsukitojitei-nikolaschka.hatenablog.com